「立派な犯罪」に違和感

「立派な犯罪」という言い方に違和感があるひとが多いのでは?



私は時折耳にする「立派な犯罪」という響きに、引っかかるのですが、同じことを感じている人は多いのではないかと思いました。
立派という褒め言葉を犯罪に使うことに感じる違和感です。

もちろん、犯罪に対して「立派」だと褒めているわけではなく、「明らかな犯罪」という意味で使われていることは分かります。
しかし違和感を感じてしまうんですよね。

立派という言葉の持つポジティブなイメージに引っかかってしまうんです。
この違和感を何とかしたいんです。

なので他に適切な言い換えはないか考えようと思いました。


でも、難しいんですよね。
立派とか、れっきとしたとか、明らかなとか、正真正銘とか・・間違いないということを表すための単語はポジティブで堂々としているんですよ。
そういうポジティブな意味合いのものを、犯罪というネガティブなものに当てはめるのが、そもそも矛盾を生むんですよ。


そしてなぜ、わざわざ「立派」という、「不自然だが強いイメージの言葉」を使いたいのかと言うと、犯罪者がそれに対して、罪の意識が希薄だという現実に対して、それは違う!その犯罪は紛れもなく、自分が思っている以上に、重大な犯罪、罪深きものだ!ということを知らしめたいからだと思うんですよ。
そして、この説明をしてる時にも「立派な犯罪」と言いたくなってしまうくらい適切な言葉が他に見当たらないんです。
だけど「立派」という言葉でも言い切れてはいないんです。


そのインパクトをポジティブな意味を持たない言葉で言い換えられないのか?と時々考えます。


「れっきとした犯罪」もなんだか褒めている感じがしますし、インパクトが足りません。
それを「明らかな犯罪だという事実」を言いたいだけではなくて、もっと重大な犯罪なんだ!というインパクト与えたいんです。

そうすると立派という言葉になってしまうんですよね。
「確実」という意味だけでは、言い足りないんですよ。

重篤な犯罪、罪深き犯罪、何か違いますね。


犯罪ごとに言い換えると少しははまるでしょうかね?

痴漢に対しては「卑劣な犯罪」でいいのではないかと思いました。
犯罪というものが確定した上で、人の心や体も傷つける卑劣なことをしているのだということは表せます。

万引きに関しては「窃盗罪という犯罪」
いじめに関しては「人権侵害(あるいは傷害罪)という犯罪」

という感じでしょうか?
なんだか全然ダメですね~😅

まあ結局は普通に「○○は犯罪です!」といえばいいんでしょうけど・・。
何かバチッとはまる言葉が、いつか思いついたらいいなと思う私です。


言葉は生き物



「言葉」についてですが、あれが間違ってる!これが正しい!と言っても、結局は間違っていても正しいと思っている人が多ければ、それがいずれは正しくなるんじゃないかと思っています。

もはや正しい使い方をしても、逆に間違ってる人が多すぎて相手に伝わらない言葉も存在しているので、「これは違う!」と指摘することすら意味をなさないという気がしています。
ただ「違うということを知っている」のは大事かなと思います。
言葉の意味を人によって違う風に思っているなんて、紛らわしいですよね。



やはり言葉は生き物なんですよね。
時代が進むにつれて真逆の言葉になるなんてこと、よく聞く話ですよね。

そもそも、成り立ちは逆の意味だとしても、イメージがそちらに似つかわしいと感じるから、そういう使い方をするわけで、イメージに合っている方が感覚的に正しいと思ってしまいます。

たとえ正しい使い方をしたとしても、違和感があれば正しくない気がします。
伝わるかどうか逆に心配にもなるし、「紛らわしいからその言葉を扱うのをやめよう」ってなりますよね。

問題は、「正しい正しくないの認識が分かれている」ことで、これが厄介なんだと思います。

そして「誤用されている意味の方がピンとくる、正しく感じる」ような言葉は、川の流れに例えると汽水域にいる気がします。
海に出る手前(変化する前)の中途半端な状態。

新旧混じり合って転換している最中という感じに思います。
変化の途中にいる貴重な瞬間かもしれません。
時代が進むにつれてどちらかに統一されて行くんだろうなと思います。

早いとこ本来のイメージに合う使い方に統一されて欲しいな~なんて思っちゃいますけど。

どこかの辞書が、こちらの使い方が今は正しいっていう風に書き始めると、みんながそちらが正しいと認識するようになると思うので、辞書の方が使い方を定めてくれてもいいんですよ。とか思っちゃいます。
今言葉はどのように育っているのか?と観察して現状を正確に書き記すのが辞書の役目のような気がしました。
伝統を正しく伝える役割もあると思いますけど。


私としては、間違った使い方の方がピンとくるような、元の意味に違和感を感じるような言葉は、いずれは元の意味とは違ってもイメージに合っている使い方が正しいと認識されて育っていくのが自然だと思っています。


例えになってるか分かりませんが、間違って覚えている言葉を正しく使う時の違和感ってこんな感じかなと思います。

Twitterと言いたいけど、本当は「X」なんだよね。でも「X」って言いたくない。
今の時点ではTwitterが正しいと感じる。認めてないんで・・。
だから今はTwitterって言っちゃう。みたいな感じ。


そのうち認められ始めたらXの方が正しいってことになるんでしょうね。
違和感ありありですけど。
誰も認めなくて浸透しないまま、消えればいいのに「X」・・。





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